■第5回キンボールワールドカップ2009■

事務局旅日記その3

 

10月27日(火)

朝7時より、少し歩いて朝食を食べに出かける。安くて、普通においしいレストランを発見。5ドルぐらい。中身は基本系としてパン、卵、ソーセージ(またはベーコン、ハム)、ポテト、フルーツ。1名はフレンチトーストを頼む。これにはソーセージ類、卵もなし。ドンとフレンチトーストのみ。私もオムレツにしたらソーセージ類がなかった。ちょっと悲しい。


ホテル近くの公園 リスもいた

この日からレフリーの清水さんは基本的に別行動。レフリーと自国の選手団と活動しないようにとお達しが最初よりあったから、律儀に守った。この辺も日本人気質。決められたルールは守る。よくも悪くも。


9時30分からの練習。1時間。練習会場は昨日パーティを行ったサブアリーナ。初日の夜パブで約束していたカナダのスタッフが練習協力としてきてくれた。このスタッフは前回のスペイン大会ではプレーヤーで日本のプレーヤ―とユニフォーム交換した仲。今回はカナダのファイナルで涙を飲んだらしい。次回の日本大会には絶対プレーヤ―でといっている現役プレーヤーたち。日本のプレーヤ―、コーチは熱心にアドバイスに耳を傾けていた。


この練習時、高見団長がテレビ取材を受ける。今大会中、最低2回は取材を受けた。選手が後で練習しており、いいかんじのインタビューだった。放映がいつなのかわからないのが残念だ。


こちらは2回目


同行しているディレクターの松井さんが自分のブログにアップするためか、テレビ取材クルーを逆取材。会話が噛み合っているような、合ってないようなところが、ちょっと見ていてなんか面白かった。この大会で、松井さんは日本選手団の中で間違いなく、他の国の人々と一番知りあいを増やした。ある意味、日本を紹介して回る友好大使な役割でした。

 


練習後、ホテルに戻る。ホテルに戻って、歩いて15分ぐらいのスーパーに買い物へ。ここで早くもお土産の一部を買い込む。多くの日本の選手団メンバーが買い物にきていた。ここで練習、大会時の飲料水、夜食(カップ麺、パン)などを今回、日本でいただいた寄付金を基に買い込む。今までは何を買うにもプレーヤ―やスタッフの自腹であった。そういう点からしても寄付金は本当に有難かった。



買い物から戻り、昼食へ。テイクアウトもおこなっているようなほんとに小さなすしレストランへいったん入ったが、見た目今一つで、値段も高いので、結局マクドナルドへ。ここで他の人がポテトのSを希望していたが、コミュニケーションが成り立たず、結果、塩なしのポテトがでてきた。半分ぐらい食べた後、やっぱり塩かけてと言いにいったら、ほんとはだめだけど、と言ってそれを捨て、普通のポテトをもう1回新しくくれた。たぶん変なアジア人と思われたに違いない。塩ふってくれるだけでよかったのに。マクドナルドだけでもネタがでてくる。


この後、各国代表者が集められ、緊急ミーティング。何事かと思いつつ、高見団長とふたりで参加。スペインから、主催関連団体に向けて、ホテルのクレーム。4人で2つの普通のダブルベットはないだろうというクレーム。大会関係者全員でホテルを変えるか、スペインだけ移動するか、そのままにするかを論議。スペイン以外は前向きにホテルを変えることに拒否。スペインが移動する場合、一人計35ドルで変われる説明があった、バス等の条件もかわないとのこと。スペインは1年前に出た当初の情報とは違うため、主催関連団体に責任があるのではと話になる。ただし、これは主催団体の代表であるPJが変更は連絡したと説明。この点に異論がないこともなかったが、だれもこれについて大きくは不満の声を挙げず。

北米では安くあげようとした場合、4人で普通の2つのダブルベットは当たり前とのこと。ヨーロッパでもこのスタイルはあるにはあるらしいが、その場合はキングサイズだとのこと。文化の違いについてやや議論が硬直状態に陥った後、ベルギーの担当者より「私は文化の違いが気になったため、いろいろな点について100通以上メールを出して確認した。あなたはどうなの?」というセリフでほぼ議論終了。スペインの担当者は予想通りほとんど確認はしていなかった。

揉めることは、初めてではないがホテルでもめたのは初めてだ。次回の日本での開催に際して、このような問題でもめないよう丁寧な説明と変更時の確認が思っている以上に重要と感じた。また、PJの仕切りは見事だった。感情的にならず、理論的にディベートを進めた。よく言われることが外国人はなかなか謝らない。非を認めることは負けを意味するから。こちらも悪かった点はあるなどと言ったら、たぶん余計ややこしくなっていただろう。ただ、後でPJとスペインの選手団との関係が冷え込むことはなかった。一議論は一議論として、関係が成り立っていたように思う。この辺も多くの日本人にはないところのように感じる。総論と各論は別物。各論は総論にあらず。時間にして1時間程度のミーティングであったが、勉強になった時間であった。単純に北米、ヨーロッパにも少しはある文化、4人で普通の2つのベット、がびっくりではあったが。


複雑な気分のまま、バスで夕方、会場へ。いよいよ本番。大会時のオープニングセレモニー。昨日のパーティで挨拶は終わっているイメージからか、割とあっさりとしたもの。各国がひとつずつ走ってコートを一周して指定の位置につき、その後マスコットキャラクターが始球式としてヒットするというもの。その後数分、記念撮影タイム。時間にして20分ぐらいのイメージ。





この日は15時30分よりジュニア(中学生)の部門の試合が行われており、シニア(一般)の部門の試合が始まる前に、オープニングセレモニーが行われた。ジュニアの前にはジュニアのセレモニーがあったかも知れない。

シニアは男子8カ国(下記写真参照:カナダ、日本、フランス、ドイツ、ベルギー、スペイン、スイス、デンマーク)、女子6カ国(男子の参加国よりドイツ、デンマークを除く各国)の参加。


シニアの部、オープニングゲームはベルギー/ドイツ/カナダの男子の試合。

今回の大会の特徴は
・ボールはブラック使用(第1回大会より。第4回大会は主にグレー使用)
・コールはフランス語(第2回大会より)
・カラ―(ゼッケン)はピンクの代わりにブルーを使用。(今大会、次回以降は未定)


今回の大会のシニアの部の特徴は
・試合時間は7分。
・今までの3ピリオドの総得点、総勝ち点制ではなく、バレーボールのようなピリオドをとっていくシステム。3ピリオド先取制。
・ピリオド終了時、同点の場合、5点先取の延長戦。
・3ピリオド先取チームがでた段階の取得ピリオド数の多いチームが2位となる。取得ピリオド数が同じなら5点先取の延長戦。
※ちなみにジュニアの部門は従来と同じ形。

ゲームは若手主体に切り替わったベルギーが大会史上初のカナダより1ピリオド奪う。キンボール関係者にとって、このことは衝撃的なこと。今までカナダより1ピリオド奪ったチームはでていなかった。最後は試合巧者に押し切られたが、この試合輝いていたのは明らかにベルギーだった。ベルギーが強いよとはPJから聞いていたもののこんなに力をつけているとは思わなかった。ベルギーのプレーヤ―の多くは、7歳、8歳時の10年前からキンボールを始め、今もずっとキンボールを続けているプレーヤ―たち。現在18歳前後らしいので、次回日本での大会が相当楽しみなチームである。



 

21時頃。いよいよ、日本の本番。スイス/スペイン/日本 男子の試合。今大会は試合まで、ここまでが長いかんじがした。試合は開始時、日本のペースで進んでいるように見えたが、あれよ、あれよと言う間に、スペインに対してまさかのピリオド落とすなど、予想外の展開。7分の時間は10分1ピリオドの時間に慣れている日本にとっては短い。また、試合時間が短い分、どのピリオドも接戦になる。連続ミスなど流れを失うとそのピリオドは致命傷となりやすい。どうにかこうにか3ピリオドを奪い薄氷の勝利。男子チームは試合終了後も、負けたチームのごとく、お通夜のような雰囲気だった。



この日の最終戦がもう1試合。終了時には11時を回っていた。12時近かったかも知れない。ちなみに夕食はサンドイッチほか。試合の合間に食べる。次の日大会関係者に指摘されたが、18時半から19時ぐらいまでに食べろとのこと。そういえばミーティングで言っていた気もした。



この日もちろん、清水さんの日本人初となるワールドカップレフリーデビューがあった。最初、いつもよりコールの復唱の声が小さいな、緊張しているのかなと感じたが、レフリング自体は日本代表レフリーとして恥じないものだった。実際、声が小さかったのは緊張よりも言葉として他の国の人のフランス語のコールがどちらかわからないという半信半疑なところが大きかった模様。日を増すに連れて声は大きくなっていた。

今回もレフリーは日本と比べて少数なので、端的に言って、時間的には明らかに選手よりレフリーの方が、出番が多い。もちろん、出番の多さだけではないが、改めてキンボールのレフリーの大変さがよくわかった。


バスでホテルに戻って、今泉副団長の部屋で反省会後、就寝。