日本キンボール連盟

■主な沿革■

1997年 10月 フレンドリー情報センター(現NPO法人フレンドリー情報センター)吉田正信所長の要請により、マリオ・ドゥマ−ス氏来日。大阪教育会館、大阪体育大学、岐阜聖徳学園大学の3ケ所でキンボールがお披露目される。
1998年 2月 センターの協力により国際キンボール連盟日本事務局を発足。滋賀県スポーツ振興事業団主催のリーダー講習会を契機に全国各地で普及活動を展開。
3月 (財)健康・体力づくり事業財団主催で新宿コズミックセンターにて開催されたニュースポーツ全国指導者講習会の実技種目に採用される。
11月 宝塚市教育委員会、(財)宝塚市スポーツ教育振興公社、国際キンボール連盟日本事務局の共催の「第1回交流大会」を兵庫県宝塚市にて開催。10チーム参加。
1999年 4月 名称を日本キンボール連盟と改める。
2000年 8月 日本キンボール連盟主催の初の全国大会「第1回キンボールジャパンオープン」を滋賀県野洲町(現野洲市)総合体育館にて開催。45チーム、約300名参加。以降、毎年支部持ち回り(2001/滋賀県、2002/三重県、2003/東京都、2004/大阪府、2005/宮城県)にて継続開催。年々拡大し、第7回大会(2006/兵庫県)参加129チーム、約700名。
2001年 1月 日本キンボール連盟公式ホームページを開設。
5月 大学生、専門学校生の全国大会である「第1回ケベック・カップ全日本学生キンボール選手権兼交流大会」を大阪府梅花女子大学で開催。9校、18チーム、約120名参加。以降、2005年度まで継続開催。
カナダ・ケベック州で行われた「第1回キンボールワ−ルドカップ」に男子チーム、女子チーム各1チームを派遣。ともに準優勝の成績を残す。以降、2002/第2回(カナダ)、2005/第3回(ベルギー)、2007/第4回(スペイン)に同様に派遣。結果はすべて準優勝。
6月 日本キンボール連盟初代会長に青木高(現日本キンボール連盟顧問)就任。
11月 文部科学省他主催の「第14回全国スポーツ・レクリエーション祭」にて種目採用される。「フリー参加種目キンボール大会」として三重県阿児アリーナ、阿児町社会体育館にて開催。51チーム、約350名参加。
2002年 4月 笹川スポーツ財団SSFスポーツエイド助成事業として講習会兼交流大会が採用される。広島、東京、福井において広域対象の事業を開催。3ケ所で約260名が参加し、リーダー127名、マスター98名誕生。以降、2006年度まで継続開催。
7月 国際キンボール連盟(本部:カナダ・ケベック州)のシステムに準じて、キンボールパートナーシップ制度を開始。初年度、パートナーとして梅花女子大学と契約。
2003年 4月 日本キンボール連盟登録者数1万人を突破。
5月 (財)日本レクリエーション協会種目別団体として加盟。
2004年 3月 カナダ・ケベック州で行われた「2004国際親善大会」に男子チーム、女子、混合チーム各1チームを派遣。
8月 (財)日本体育協会、文部科学省他主催の「彩の国まごころ国体公開競技スポーツ芸術協賛事業」として採用され、「第12回キンボール体験会および普及指導者講習会兼交流大会」を埼玉県上尾市運動公園体育館にて開催。約170名が参加し、リーダー43名、マスター21名誕生。2005年度も「晴れの国おかやま国体」において同様に岡山県真庭市にて開催。
11月 日本キンボール連盟公式ガイドブック「500万人のキンボール」発刊。
2005年 4月 日本キンボール連盟と市町村行政で連携し、宮城県七ヶ浜町(全3校)、岡山県真庭市北房地区(全5校)をモデル地区として、町または地区内全小学校の授業の中で継続してキンボールに取組む「キンボール小学校体育導入プロジェクト」を開始。2006年度も同様に実施。2007年度モデル地区は北海道中富良野町(全6校)、山口県下関市(全33校)。
6月 日本キンボール連盟会長に松浦道夫就任。
2006年 12月 韓国で初のキンボール講習会に日本キンボール連盟より講師派遣。
2007年 7月、 12月 参加者増加のためキンボールジャパンオープンを「チャンピオンズカップ」と「フレンドリーカップ」に二分化。「第8回キンボールジャパンオープン・チャンピオンズカップ」を東京都文京区にて開催。43チーム、約200名参加。「第8回キンボールジャパンオープン・フレンドリーカップ」を東京都品川区にて開催。120チーム、620名参加。
8月 新潟県、千葉県キンボール連盟の加盟承認にて都道府県支部数29となる。
2008年 4月 日本キンボール連盟名誉会長に小野清子就任。